読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

おもしろプロダクション

おもしろき こともなき世を おもしろく

バイク遍歴(2)

日記

前回書いたバイク遍歴のつづき。

2台目のバイクに乗ったのは、ずっとあとの23歳の夏だった。

当時大学5年生だった僕は、就職活動も早々に諦めてひまを持て余していた。授業は後期に固めたので前期はなかったし、バイトは夜しかないし、同級生は新卒で働いているし、留年した友達の何人かは消息不明だし、昼間はやることがない。そうしてダラダラと過ごしていた春うららかなある日、ふと思い立った。

「そうだ、免許を取ろう」

 

自動車の免許は持っていたので、二輪の免許は教習所でバイクに乗るだけで座学はナシ。なんだか楽しそうじゃん。

佛教大学の横から鷹峯につづく長い上り坂を、自転車を立ち漕ぎして光悦自動車教習所まで通う道のりはつらかったが、日頃の運動不足解消にはちょうどいい。ひまにものを言わせて毎日せっせと通っていたら、2週間ほどで免許が取れた。

本当は免許を取ったらおしまいにするつもりだったけど、取ったら取ったでやっぱりバイクがほしくなる。そこでいろいろ検討して選んだのがヤマハのSR400。これは400ccの中では小型の部類で、写真が残ってないのが残念だけど、自分好みにいろいろカスタムができる楽しいバイクです。

 

1台目の原付は真冬に乗り始めたが、今度のSRは8月のはじめに買ったので季節としては申し分ない。関西のバイク乗りのおそらく全員が、まず最初にするのは通称「ビワイチ」と呼ばれる琵琶湖一周である。1周がだいたい200kmくらいで、半日かけてのんびりまわるのにちょうどいい。

それで、ひまにものを言わせて乗り回していたら(たしか8月だけで3回はビワイチをした)、信じられないほど日焼けした。バイクで走っているときは風に当たっているのでそれほど暑さを感じないのだけど、当然しっかり紫外線を浴びつづけたわけで。

でも今思い返してみると、あれほど自由を感じて、ただひたすら楽しいことだけを考えていた夏は、僕の人生でそれまでになかったし、それ以降もない。バイクのほかにはフジロックに行ってビョークを見たり、サマーソニックに行ってレディオヘッドを見たりした。バイクと音楽の夏だった。大学5年生で、将来のことは何ひとつ決まっていなかったけれど。

 

30歳を過ぎて次第にバイクに乗る回数も減っていき、やがてそのSRは手放してしまったが、彼女(バイクのことです)といっしょに日本中のさまざまな場所を走った記憶は、混じりっ気なしの「良き思い出」として、今も僕の中に残っている。

バイク遍歴(1)

日記

恋愛遍歴ではなくバイク遍歴について書く。といっても経験人数……じゃなくて経験台数は2台だけです。

最初に乗ったバイクはホンダのLive Dio ZX。通称「ゼッペケ」。これは50ccの原付で、高校1年の冬にそれまでコツコツ貯めていたお年玉を切り崩して買った。当時たしか新車で15万円くらいだったと思う。原付は16歳から免許が取れたから、16歳になった同じ年の秋に、友達といっしょに高校を休んで長岡京市の免許センターに行って、筆記試験と形だけの運転練習を終えてその場で免許証を発行してもらって帰ってきた。実にイージーだ。

 

高校生の世界、というかそれまでの僕の世界はとても狭くて、移動はもっぱら自転車で行ける範囲に限られていた。京都市内のローカルな地理で申し訳ないが、具体的にいうと北は上賀茂のMK(ボーリングをしにいく)、南は四条通(服を買いにいく)、東は鴨川(鴨川を東に渡るとアウェー感が増す)、西は西大路通(これより西には何もない)だった。

それが原付とはいえバイクを手に入れたことで、大げさにいえば世界が一気に広がった気がした。最初の頃は真冬にもかかわらず毎日のようにその愛車を乗り回していた。街の大通りよりは信号がない山道のほうが好きで、比叡山を越えて滋賀県にも行ったし、意味もなく貴船や鷹峯の奥につづく北の山へ入ったりしていた。

寒さに耐えきれなくなると、自販機の缶コーヒーやコーンポタージュスープを飲んだり、山道の途中にある茶店で熱々のぜんざいを食べたりして温まった。話はそれるが、そのときに食べたぜんざいに塩昆布が付いてきて、「甘いものには塩辛いものが合うんだ」ということを初めて知った。少しだけ大人になった気がした。

 

すべての出会いに別れがあるように、僕と愛車の蜜月も、ある日突然終わりを迎えた。友達にバイクを貸していたら、その友達が嵐山かどこかに置いていた隙に盗まれてしまったのだ。尾崎豊は盗んだバイクで走り出したが、僕は盗まれたバイクで走り去られた。この差はとてつもなく大きい。しかも運の悪いことに(というか)その友達は無免許だったため、警察に盗難届けを出すと話がややこしくなりそうなので、結局出さずに終わった。

友達はそれから5年くらいかけてバイク代を返してくれたが、盗まれた直後はもうお金が残っていなかったので買いなおすことはできなかった。

この出来事から僕が学んだこと。別れはいつも突然に訪れる。C'est la vie.

『恋する惑星』は犯罪映画だった

映画

これまでずいぶんたくさん映画を見てきたけれど、自分が10代の頃(というとそのまま90年代)に繰り返し見ていた映画というのは、ずっとあとになっても深い印象が残っているものです。

恋する惑星』『天使の涙』『トレインスポッティング』『デスペラード』『パルプ・フィクション』『トゥルー・ロマンス』『ナチュラル・ボーン・キラーズ』『レオン』『ユージュアル・サスペクツ』『キッズ・リターン』などなど……。

というわけで、高校時代の僕のヒーローは金城武ユアン・マクレガーアントニオ・バンデラスであり、悪役はもちろんケヴィン・スペイシーであり(あの強烈な役以降どの映画に出ていても悪人にしか見えない)、アイドルはナタリー・ポートマンフェイ・ウォンだった。ユマ・サーマンは高校生には刺激が強すぎた。

 

最近、といっても去年かおととし、テレビで『恋する惑星』がやっていたので久しぶりに見てみたら、おもしろかったしフェイ・ウォンは相変わらずかわいかったのだが、これってがっつり犯罪映画だよなと思った。

ストーリーはいくつかの話が交差していく形式で、その中に飲食店で働くウェイトレスのフェイ・ウォンが、常連客の警官のトニー・レオンに恋をするというのがある。そこまではいいんだけど、彼女は気持ちをストレートにぶつける代わりに、警官の留守中に彼の家に忍び込んで、勝手に水槽に金魚を入れたり、歯ブラシを交換したり、ベッドで髪の毛を見つけて喜んだりする。もうやりたい放題。挙句の果てにはトニー・レオンと恋人が話しているところに近づいて恋人の髪の毛をさわったりするし。

ちょうどそのシーンがあったので貼っておく。フェイ・ウォンの歌もいいね。

 


恋する惑星 Faye Wong フェイ・ウォン 夢中人

 

ストーカー行為とか不法侵入とか器物破損とか、いろいろな犯罪が組み合わされているのもすごいが、それをポップに見せているところもある意味すごい。10代の頃に何度もこの映画を見たけれど、そんなことはちっとも気づかなかった。たぶんフェイ・ウォンに見とれてばかりいたからだ。恋は盲目ってやつですね。

今回あらためて見返してそんな当たり前のことに気づきつつ、それでも見たあとに幸せな気持ちになれるいい映画だった。クリストファー・ドイルの映像は今見ても最高にかっこよかった。

人間の本性が露見されるとき

日記

f:id:unlucky-monkey:20160912092717j:plain

このまえの日曜日、いつものように夕暮れどきに近所を散歩していたら、突然お尻のあたりに衝撃が走った。

「痛ッ!」

思わず大声をあげて振り返ると、少年野球のユニフォームを着た小学生たちの乗った自転車の1台に勢いよくぶつかられていた。

「何すんねん!」と怒る僕。

「すみません」と小声で言いながら急いでその場を離れる少年。

遠ざかる少年たちをサングラス越しに睨みつける僕。

しばらくして痛みが治まると同時に僕の怒りもしぼんでいき、あとにはなんとも言えない苦い思いが残った。

「オレ、器小さいな……」

 

少年の乗った自転車にぶつかられたとき、僕は上り坂を歩いていた。ということは、自転車はそれほどスピードが出ていなかったことになる。なるほど、たしかに冷静になって振り返ってみると、衝撃はそれほど強くなかったし、ぶっちゃけあんまり痛くなかった。自転車と接触したお尻にも太ももの裏にも、擦り傷もアザもない。

それなのについカッとなってしまい、少年相手に大声を上げるオトナ気ない僕。

人間の本性って、こういうときに出るんですね。

サングラスを外して見上げた夕日は、いつもよりまぶしかった。

長編小説のエヴェレスト

読書

f:id:unlucky-monkey:20160912091331j:plain

小説が好きでよく読むのだけど、短編よりは長編のほうが好きで、それも長ければ長いほどいいと思っている。質は量に比例する。ワレ真理ヲ発見セリ。

「ページ数が多いから」という理由で(もちろんそれだけじゃないけど)、村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』が好きだし、谷崎潤一郎の『細雪』が好きだし、ジョン・アーヴィングの『また会う日まで』が好きだし、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』が好きだ。

 

長い小説のいいところは、こう言ってしまうと身も蓋もないんだけど、「読むのに時間がかかる」ことだと思っている。短編小説みたいに1時間もかからずにさっと読み終えられるのも手軽ではあるけど、やっぱり腰を据えて何日もかけて読む長編にはそれだけの良さがある。

何日もかけてずっと同じ小説を読みつづけていると、最初はとっつきにくかった物語の世界に、読みはじめた瞬間にスッと入っていけるようになるときが来る。一度それを経験すると、登場人物たちが一気に身近に感じられるようになり、彼らと同じ時代に生きて同じ空気を吸って、喜怒哀楽を共にできるようになる。そして物語が終盤に差しかかってくると、友達や家族との別れが近づいてくるような気がして、読み終わるのがさみしくなって来さえする。

これはほかの娯楽、例えばエッセイなどの読み物や映画や演劇では味わえなくて、やっぱり長編小説だけが持つ魅力ではないかと思う。

 

とはいえ、僕にもコンプレックスはあって(他人に対してというよりは長編好きを自認する自分に対して)、僕が勝手に「長編小説のエヴェレスト」と呼んでいるマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』をまだ読んだことがないのをひそかに恥じている。「紅茶に浸したマドレーヌを口に入れると昔の記憶がよみがえってきて……」というシーンが有名なやつです。

もし僕が冬の山小屋の管理人をすることになったり、縁起でもない話だけど刑務所に入ることになったりしたら、『失われた時を求めて』に挑戦したいと思っている。冬の山小屋の管理人は、僕のあこがれの職業のひとつです。こんなことを言ってるうちは、読みはじめることすらできそうにないけど……。

麺類愛

日記

f:id:unlucky-monkey:20160911085914j:plain

我が家ではお米を食べる習慣があんまりなくて、米を消費するのはカレーライスのときか、ごくたまにする手巻きずしのときくらいである。

その代わりに麺類はよく食べていて、家にいるときの昼ごはんはだいたい90%くらいの確率で麺類が登場する。うどん、スパゲティー、焼きそば、そばの順に多くて、夏になるとこのラインナップにそうめんが加わる。ちなみに外で昼を食べるときは、このラインナップにさらにラーメンが加わる。僕はこの偏食(というのかな)を「麺類愛」と呼んでいて、麺類に対して日々無償の愛情を注いでいる。

 

さて、ここで問題になってくるのが味付けで、どれだけうどんが好きでも、毎食同じ食べ方だとさすがに飽きてくる。そこでいろいろな工夫をするわけだが、やはり人間なにかしらの縛りがあったほうがアイデアが出てくるようで、これまでにさまざまなオリジナル・レシピを開発してきた。

といっても所詮は男がひとり暮らし時代に編み出したものだから、手の込んだものは一切なくて、どれほど味や見た目が似ていようと、そこにある微妙な変化に気づき楽しむ心持ちが必要とされる。

 

スパゲティーと違い、うどんはバリエーションを出すのが非常にむずかしい食材と言える。うどんをスパゲティーのように使って洋風にアレンジする手もあるけれど、それはやっぱり邪道というものだろう。うどんはうどんらしく食べたい。

そこで僕がよく使うのが、「和の食材っぽいものをなんでも載せてみるぶっかけうどん」という手法だ。

刻みネギ、白ごま、天かす、かつお節あたりが基本食材となり、あとは冷蔵庫にあるものを適当に入れていく。シソ、ミョウガ、オクラ、納豆、生卵、キムチ、さっとゆでた豚肉などなど。盛り付けが終わったら醤油をぐるりと回しかけ、あとは適当に混ぜながら食べる。味に飽きてきたら途中で食べるラー油や柚子胡椒を加えると、味に変化がついて最後までおいしく食べられる。

キムチやラー油は和の食材じゃないという意見も出てきそうだが、同じ東アジア圏、そこは許容範囲ととらえている。

ただしこの料理の注意点がひとつあって、混ぜたあとの見た目が非常にアレなので、ひとりのときに食べることにしか向いていないのが玉にキズだ。しかしそれ以外は余りもので簡単にできて、栄養バランスもそこそこ取れていることを考えると、我ながらなかなかいいレシピじゃないかと思う。

甲子園18号門クラブ

野球

f:id:unlucky-monkey:20160910112536j:plain

春と夏の高校野球の甲子園大会に「8号門クラブ」と呼ばれる観客がいる。全試合バックネット裏の最前列で観戦することに情熱を注いでいる人たちで、蛍光の黄色いベースボールキャップにラガーシャツを着た通称ラガーさんが有名だ。バックネット裏に通じる入口が8号門で、全国からそこに集まってくることからつけられたネーミングらしい。

テレビ中継を見ているとプレイそっちのけで気になってしまうことがある。最近バックネット裏はユニフォームを着た小学生たちが座るドリームシートになったので、テレビ中継にラガーさんたちが映ることは少なくなってしまった。たまに打球の行方を追うカメラに映ることがあって、見つけるとつい反応してしまう。

 

で、それとは次元が違うのだけれど、僕は甲子園で「18号門クラブ」というのをひそかに結成している。部員はまだ僕ひとりだけ。8号門がバックネット裏のいちばんいい席の入口であるのに対して、18号門はレフト外野のいちばん安い席の入口で(プロ野球で2000円前後、高校野球は無料)、タイガース戦のときはタイガースファンとビジターチームのファンが入り混じる席である。

「18号門クラブ」といっても本家のように全試合を生観戦しているわけではなくて、高校野球プロ野球を合わせて年に5、6回見に行くくらいののナンパな活動をゆるゆると続けているだけである。

高校野球は春より夏のほうが雰囲気が好きで、毎年夏に2、3回見に行っている。あとは関西に住んでいるとわりに肩身が狭いのだけど、プロ野球は広島カープのファンなので、カープが甲子園に来るたびに、チケットが取れるかぎり見に行っている(今年のカープは春先から調子がいいので、なかなかチケットが取れない。ぶつぶつ)。

 

それはさておき、甲子園はプロ野球のホームグラウンドでは少なくなった「屋外」と「天然芝」の両方がそろった本当に気持ちのいい球場で、そこにいるだけで幸せな気持ちがふつふつと沸き起こってくる。

試合はひいきのチームが勝てばうれしいけど、そう毎回勝てるものでもないし(プロ野球だったら優勝チームで勝率6割ちょっと)、球場の雰囲気を楽しめるかどうかが僕にとっては重要だ。

あと、同じ球場の同じような場所で試合を見ていると(僕の場合だとレフト外野席)、バッターがボールを打った瞬間にスタンドに届くか届かないか、またはホームランになるかファールになるかがわかるようになってくる。僕の感覚だと9割くらいの確率で当たる。

バッターが打った瞬間、まわりの観客がワッと歓声を上げて立ち上がっても、「いやこれはセンターフライだからさ」みたいな感じで平静を保って座っていることができる。そして溜め息混じりに座る観客に対して「わかってないよね」と心の中で思ったりする。こうやって書いてると感じ悪いな……。

これはかなりどうでもいい能力だけど、まあこういうあまり役に立たない特殊能力が身につくのが「18号門クラブ」の入部特典です。