おもしろプロダクション

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ティラミスの思い出

好きなものの理由を説明することはむずかしいけれど、好きなものを好きになった理由なら説明できるものがある。僕にとってそれはティラミスなので、今日はちょっとその話をしようと思う。

大学2年の夏休み、というと今からもう16年も前のことだが、手術をして2週間くらい入院していた時期がある。右肩の脱臼癖がひどかったので、肩にボルトを入れて固定して脱臼しないようにする手術だった。

そこの病室が変わった造りで、ベッドの枕部分の上の空間が壁から突き出た物置きになっていて、物置きを避けるようにしてベッドに仰向けに寝ると、底の部分がちょうど目の前に来るようになっていた。その底の部分に前の入院患者が貼っていったと思われるコンビニのティラミスのシールが貼ってあったので、僕は毎日毎日そのシールを眺めることになった。

僕はそのときまでティラミスを食べたことがなくて、スイーツであることは知っていたけど、どんなスイーツかは知らなかった。今みたいにネットで簡単に調べることもできなかったから、僕の中で「ティラミスって何だ?」という疑問が日々ふくれあがっていった。

そんなある日、友達からお見舞いに行くよとメールが来て、「何かいるものある?」と訊かれたので、僕は迷わず「ティラミス!」と答えた。そして友達がコンビニで買ってきてくれたそのスイーツと初対面を果たしたわけだが、そのときに食べたティラミスのおいしかったことと言ったら!

僕はべつに甘党というわけじゃなく、どちらかといえばその逆で、ふだんはほとんど甘いものは食べない。たまにどうしても食べたくなることがあるけど、そのときはクランキーを1箱食べれば十分満足して、またしばらく食べなくてOKという日がつづく。

でも入院期間中はずっと病院食だったので、味も量も全然物足りなかった。右肩以外はいたって健康で食欲もふつうの20歳の男性並みに旺盛だったから。

そういう状況で初めてティラミスを食べたわけだから、ある種感覚が研ぎ澄まされていたというか、飢餓状態というと大げさだけど、まあそれに近い感覚だったわけで、ほかの状況で食べるより何倍もおいしく感じたのだと思う。そういうわけで、ティラミスは僕の大好物リストに仲間入りを果たし、16年たった今もとくべつな位置を占めている。

ちなみに僕も前例にならって、食べ終わったティラミスのシールを枕の上の物置きの底に貼り足しておいた。僕の次の入院患者も、同じようにティラミスを食べて感動したかもしれない。そう思うと、僕の心は少しだけ温かくなる。