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おもしろプロダクション

おもしろき こともなき世を おもしろく

ヤクザと愛のスコール

日記

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小学生のとき(なんだか昔の話ばかりしてるけど)、僕は地元の野球チームに入っていて、水曜日と金曜日の放課後は学校のグラウンドで野球の練習をしていた。練習が終わったら家が同じ方角のチームメイトと一緒に帰っていたのだが、いつからか練習終わりにみんなで銭湯に行くことが習慣になった。僕たちが行っていたのはスーパー銭湯ではなく町の中にある昔ながらの銭湯で、京都には昔も今もけっこうな数の銭湯がある。

 

赤字で大きく「ゆ」と書かれた暖簾をくぐると下駄箱と男女別々の入口があって、中に入って中央の番台に座ったおっちゃんかおばちゃんにお金を払うシステムだった。

じっと熱い湯に浸かっているおっさんに「うるさい!」と怒られながらみんなでわいわい入る風呂も楽しかったけど、なんといってもいちばんの楽しみは風呂上がりのスコールだった。ヨーグルト味のシュワシュワした液体が渇いた喉を流れていくのも快感だったし、通っていた銭湯のスコールは瓶に入っていて、栓を抜くと王冠の裏に「50円アタリ」といったふうにアタリクジがついていた。たしか50円とか70円くらいだったと思うけど、アタリが出たらそれはもう最高にうれしくて、50円だったらあずきバーと、70円だったらスコールもう1本と、その場で交換してもらっていた。

 

ある日、いつものように友達と騒がしく風呂に入っていると、胸から背中までびっしり入れ墨を入れた30代くらいのヤクザが男湯に入ってきた。今でこそ銭湯やプールなどの公共の場では入れ墨の人は禁止になっているけど、昔は入れ墨の人もふつうに銭湯に入れていたと思う。

ほかのおっさんやおじいさんに怒られるのは慣れていたけど、ヤクザは小学生でもやっぱり怖い。僕たちが湯船の中で急におとなしくなったのを見たヤクザは、こちらに歩いてきてこう言った。

「おいおまえら、この中でだれがいちばん風呂の中で息止めてられるか勝負しろ。ズルはするなよ、ワシが見てるからな。いちばんになったやつには、売店で好きなもの買ったる」

僕たちは言われるがままおとなしく勝負することにしたが、もちろん好きなものを買ってもらえるのがうれしかったわけではなくて、ヤクザに逆らう勇気がなかっただけだ。

で、僕が勝ったのか負けたのかは覚えてないけど(たぶん負けたと思う)、結局そのヤクザは僕たち4、5人全員にスコールを奢ってくれた。「おまえらスコールが好きやな」と言って笑ったヤクザの顔を見て、「ヤクザも笑うんや」とその甘い炭酸を飲みながら思ったことを覚えている。そのヤクザのおじさんに会ったのは1回だけで、いつの間にかみんなで銭湯に行く習慣もなくなっていった。瓶のスコールを飲むこともなくなった。

 

この前、近所を散歩していて通りかかった自販機に缶のスコールが売っていたので、昔を思い出して久しぶりに飲んでみた。「懐かしい味がした」という表現を1回だけ使えるなら、僕はこのときに飲んだスコールに使いたいと思う。

同時に、「Skal」と書かれた上に小さく「愛のスコール」と書いてあるのを見て、なぜかふとこのヤクザのことを思い出したので、忘れないうちにこうして書いておく。