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おもしろプロダクション

おもしろき こともなき世を おもしろく

五山の送り火2016

日記

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京都で生まれ育って25年、京都を離れてかれこれ10年、今は兵庫県の西宮に住んでいるので、毎年とはいかないけれど、8月16日にはできるだけ五山の送り火を見に行くようにしている。

年齢とともにいっしょに見に行く人は少しずつ変わってきた。

小さい頃は隣の家もその隣の家にも親戚が住んでいたので、親と親戚のおじちゃんおばちゃん、従兄弟たちといっしょに見に行っていた。毎年見る場所はとくに決まっていなくて、家を出てそのへんの人が歩いているのについて行ったり(京都市内で8月16日の夜7時から8時にかけて外を歩いている人は、だいたい送り火を見るためにどこかに向かっている)、親戚のだれかが「いい場所を見つけた」と言ってはみんなでそこに歩いて行ったりしていた。見るのはだいたいがどこかのマンションの屋上で、今みたいにオートロックとかない時代だったし、毎年その日だけはマンションの大家さんが屋上を開放していて、住人じゃなくても自由に出入りすることができた。

高校生や大学生になると、まあ当然送り火はデートの口実になるわけで、鴨川デルタの河川敷の人の多さに辟易しながら、オレンジ色に燃える大の字や船形よりも、浴衣姿の彼女の横顔に見とれてばかりいた。

ここ何年かはまた家族で出かけるようになり、どこかで晩ごはんを食べてから船岡山という丘のような低い山に登って見ているのだが、今年の大雨はそれはすごいものだった。思えば毎年、この日にはまとまった雨が降った記憶がない。8月6日の広島にめったに雨が降らないのと同じように。僕だけでなく、還暦を過ぎた母親も記憶にないと言っていたから、たぶん今までそれほどの雨は降らなかったのだろう。実家の近所の中華屋さんで晩ごはんを食べていると、ゴーッというものすごい音が聞こえてきて、窓の外を見ると豪雨と言っていいほどの大雨になっていた。

「これはさすがに今日やらへんのちゃう?」
「いやあ、でも送り火が中止になるなんて聞いたことないで」
送り火せえへんかったら、ご先祖さまは来年までこの世に足止めくらうんやろか」

みたいな話をしながら、それでもせっかく来たんだからということで、船岡山に登るのは無理としても、ふもとの公園まで歩いていくことにした。傘を差していても靴下から水が絞れるくらいびしょ濡れになりながら公園まで行ってみると、さすがというかなんというか、いつもどおりオレンジ色の大の字と船形が真っ暗な夜空にきれいに浮かび上がっていた。

「これでご先祖さまも、ちゃんとあの世に帰れるな」
「それにしてもこの雨でもやるなんて、すごい執念やな」
「まあこんな大雨の送り火も、いい思い出になるな」

と言いあって満足した僕たちは、冷たいお茶を飲むために家路についた。