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おもしろプロダクション

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遅読の言い訳

読書

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「速読」っていう言葉がありますよね。本を速く読めること。速読関連の本も何冊か出ている。僕はそれとは逆の「遅読(ちどく)」タイプの人間です。今日はその話。ちなみに僕の使っているパソコンでは「速読」は一発で変換されたけど、「遅読」は変換されませんでした。あんまり一般的ではない言葉なんですね。

 

僕は読書を習慣にしているわりには、本を読むスピードがすごく遅い。これは昔、大学生の頃に何人かの友達に「おっそ!」と言われたことがあって、それで気がついた(昔は誰かといっしょにいても、場の空気を読まず平気で本を読める若者だった)。そのことがわりと気になっていて、今でもたまに電車でとなりの人が本を読んでいると、どれくらいのペースでページをめくるのか、こっそり観察することがある。

このまえ阪急電車に乗っていたときに、となりの席でカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』の文庫本を読んでいる女性がいたのでしばらく観察していたら、だいたい20秒から30秒くらいの間隔でページをめくっていて、すごく驚いた。いったいこの人の情報処理能力はどうなっているんだと。

 

ほかの人もたぶんそうじゃないかと思うんだけど、僕は小説を読むときは頭の中でシーンを思い浮かべながら読み進めていく。そうすると僕の場合、どうしてもゆっくりしゃべる人のところはゆっくり読んでしまうし、情景を描写しているところはひとつひとつ想像しながら読むので、とても速くは読めない。

もしかしたら「痛快ノンストップ活劇」みたいなジャンルだったら速く読めるのかもしれないけど(どんな本だろ)、たとえばさっきのカズオ・イシグロ夏目漱石みたいなタイプの小説は、登場人物の語り口もゆっくりだし、目まぐるしく話が展開するわけでもないので、どうしてもそれに合わせてタラタラと読み進めることになってしまう。

まあ本を読むスピードが遅くても、誰にも(自分も含めて)迷惑をかけるわけでもないからいいんだけど、それでもときどき、速く読める人の頭の中はどうなっているんだろうと思うことがある。思うだけで何もしない。だからいつまで経っても謎は解けない。

 

と書いているうちに思い出したんだけど、昔学校の国語のテストのときに、みんながまだ長文を読み終わらないうちに、コリコリと解答を書き始める人がいた。そういう人が何人か出てくると、まだ長文を3分の2くらいしか読み終わっていない僕はまわりが気になってしまい、すごくあせった記憶がある。

でもそういう人たち全員がテストの点数がいいかというと、どうもそういうわけでもないみたいだったから、「本を読むのが速い=要領がいい(要点をつかむのがうまい)」という図式は単純には成り立たないみたいだ。べつにそれで自分を慰めるつもりはないけれど。